| *序章-空虚-
2XXX年、蒸し暑い12月中旬。 月は、乱立する巨大ビルの影と、幾重にもなるネオン灯の反射光で何年も見えていない。 26時を回ったが、光を横切る人の影が減る様子は無い。 地上から20メートル上空にはスモッグを吐きながら数百もの車が横行している。
確かに治安は悪いが、平和な街だと思う。
生まれて此の方、「争い」なんて聞いた事も無い。 昼間はカプセル状の個室でモニター越しに5時間弱の講義を受ける。 夕刻、終わるとH番地、地下のダーツバーで深夜まで連れと屯う。 その後は、そう、 連れに軽く別れを告げて、バーを出て、 バイクで数分のアパートに向うんだ。
でもその日は違った。
憂鬱な講義を終え、行き着けのダーツバーに集合する。 楽しい時間はあっという間に過ぎ行く。 午前2時過ぎに解散だ、いつも通り。 連れは先に店を出て一服している、俺も出よう。 マスターに「おやすみ」を言ってドアを開ける。 俯いたままバーから街道に向って上がる階段へ、一歩足を掛けた。 ―異様な静けさに戸惑い足が止まる。 いつもなら連れ達が談笑しながら待ってるはずなのに。 見慣れた看板の光や、数百メートルのビルも見えない。 ふと空を見上げると、50匹前後の巨大な怪物が街全体を覆いつくしている。 余りの光景に、体は硬直しその怪物から目が離せない。 遥か上空にも関わらずその容姿を確認できる。 巨大なコウモリのような羽、胴体は緑褐色で、眼は真っ赤に血走っている。 それは十数匹はいるだろうか。 更にその上空には無数の、青く同様に巨大な生物が翼を大きく仰いでいる。 空を見上げたまま時が止まったかのように、その光景に目を奪われる。
グルル、グルルルルルル…。
ゾッとするような動物の唸り声で我に返った。 今までの静けさが嘘かのように、建物の崩れる音や人の悲鳴が突如耳を貫く。 視線を降ろし、ピントを30メートル程先に合わせる。 容姿はライオンに酷似しているが、体長はその3倍近くあるだろうか。 更に空中に確認した生き物に似た羽も持ち合わせているようだ。 幸いその生物は私に気づいていないようだが、余りの恐怖に後ずさる事もままならない。 気が遠のき、転がるように数分前まで酒を交わしていたバーへ堕ちる。
―何時間が過ぎただろう。 汗が凄い、お気に入りのシャツも黒ずんでいる。 何か悪い夢を見ていた気がする。気のせいだろう。 腕の時計を確認するが、どうやら壊れているらしい。 2時半をさしたところで針がピタリと止まっている。 腰に痛みがあるが手を着き立ち上がる、と同時にどうしようも無い胸騒ぎに襲われる。 咄嗟に寄りかかっていた扉を開け階段を掛け上がろうとするが、 視界が開けると、再びそれ以上体が言う事を聞かなくなる。
夢、じゃ無かったんだ。
数時間前の光景が鮮明に頭をよぎる。 あっという間の事だったが脳裏に深く刻み込まれている。 降り掛かる現実を振り払い、辺りを見渡すと辛うじて原形を保っている古びた店がある。 街の外れにあるバーだ。 何年かぶりに地上へ届く月の光に照らされて、地平線上で一層目立っている。 他には未だ残っている硝煙と、片持ち梁状に崩壊したビルが並ぶばかりだ。
ドラゴンやワイバーンと呼ばれる生物により、 他の全都市も壊滅したとの報が入ったのはその翌日の事だ。 僅かに残った者も失望する。
―生き残った人間は1割にも満たない。 当然の報いか、あるいは代償の罪か。 残された人間によって街を再建する事は不可能と思われたが、 破壊を免れた、ダークグリーンの屋根のバーを町の中心にして、 みるみるうちに町は活気を取り戻していく。 あの頃のような文明の光は無いが、夜は月が照らしてくれる。 人たちはこの出発を記してこの町に「旅立ちの街」と名を付けたんだ。
ここまで一息に言い終えると、更に老人は続けた。 『もう80年も昔の話しだ。』
To be continued |